木曜日, 8月 04, 2005

言葉と世界観

FMトランスミッターです。

ラジオがあるところなら
どこでもヘッドホン音楽がスピーカーで鳴らせるところがみそです。

暇になったり文書を書いたりするときに
時折「言葉の守備範囲」を探すことがあります。

たとえば「華」と「花」の違いであるとか、
「緑」と「翠」の違いという
日本語のわずかな違いに注目したり、
英語で"flower"と言った場合に
イメージされるものがどれくらい「花」に似ているかという
比較をしたりしています。

言語の違いが何をもたらすのかについて
しばらく考えていましたが、
英語と日本語では対応する言葉の守備範囲の違いばかりが
気になっていました。

最近の脳科学の本で
言葉が意識を作り出す、というくだりと、
「英語を話すと冷静になる」という話を聞いたところが
結びついて、
「英語には感情表現の言葉が少ないから
ドライな人間関係が生まれるのではないか」という
仮説に至りました。

以前偶然見つけたテツガクのページには
「虹が7色である理由」についての言及があることや
http://www.law.keio.ac.jp/~hagiwara/pph1-05.html
「オペラ座の怪人」を観て涙が止まらなかったときに、
隣の女性はけろっとした顔で「美しかった」と言うのは、
一体どういうことだろうと考えていたことに
ようやく決着がつきそうです。

これらの結果から、
イタリアの女性は情に厚いというところを聞くと、
イタリア語には感情表現が豊かなのかなと考えたりします。

以前は感情こそがその人の本性なのだから、
表現する言葉はどれでも同じだという意識が外れて、
違う人間になりたい、と思ったら
違う言語を習ってみるというのは
とても的を得た方法であるように思います。

0 件のコメント: