水曜日, 5月 25, 2005

広い池で小さな金魚が心地よく泳ぐ

週明けから早速"Safety Training"漬けです。
研究所で研究活動をする際に生じる電力機器の取り扱いや
放射線区域への立ち入り、レーザー装置のセットアップなどに必要な
安全講習を受講しています。
講義の終わりには4択式のテストがあり、80%以上の正答率が必要です。

こちらに来ると、人と話をするのに
舞台の上で話をするように声を張る必要があります。
体力は要りますが、なかなか気持ちのよいものです。

意識の領域と実際の世界とは本当は違うものですが、
形のない「意識」に対して
広いとか狭いとか開かれているとか閉じているとかいう
空間的な表現を当てはめるのは
改めて考えるとちょっと不思議です。

信念と思い込みの違いについてふと思います。
意識の中で強く認識されたものが
どのような外乱を受けても変更を受けない、ということは
信念も思い込みも同じです。

なんとなく感じるのは、
信念とは正しいことに対する思い込みだということであり、
信念というものは否定的な意味をあまり帯びていません。

信念も思い込みも、
多くはその区別を付けるのが周りの人であったりします。

自分では信念として信じていることがある、
しかしそれは周りから思い込みだと言われる、
こういう場面によく出くわします。

傍目八目、といって、
客観的に見ているほうが冷静な判断をできることは
確かにあるものです。
でも傍目の人は自分で勝負をしていない人です。
傍目の人の評価がいくら正しかったとしても、
自分が勝負の舞台に立たないようではありがたさも半分です。

やんわりとした囁きかけで、不安や恐怖を使い
勝負をせずに毒を盛る人たちがいます。
自分はそういう人間が大嫌いです。

全てのことに立ち向かう、などと
大きなことはできませんが、
しかしできる限り他力を使わず自分自身というもので
勝負していきたいなと思います。
それで仮に負けたとしても、
自分で選択したことなら納得できるからです。

0 件のコメント: