月曜日, 5月 02, 2005

写真には、カメラ自身が写らない

流し読みしていた新書
「伝わる・揺さぶる!文章を書く」を
ゆっくり読み終えました。
文書書き方指南の本なのですが、
文に向き合う姿勢を示した最終章が心に残りました。

土曜日、三宮にいたことも手伝って、
尼崎駅・列車事故の現場を自分の目で見てみたいと思い
三国駅の付近からタクシーに乗りました。
これほどの事故になってしまったので
責める対象はいくらでもあるとしても、
運転手にだって何か理由があってのことだろう、と
いう思いが消えなかったためです。

報道を見たというのと、実際に現場を見たというのでは
受け取る印象が異なる、というのは良くある話です。
日々のニュース報道の中では5W1Hの論法が基本になっていて、
不確定で揺らいでいる情報や仮説は公開されません。
報道には正確さという基準に照らした情報のそぎ落としが必要ですが、
仮説を立てるためには揺らぎを含めた全情報が必要です。
野次馬根性だなと自分のことを省みる部分もありましたが、
報道ばかりに情報集めの拘泥を押し付けた
罪なきと思い込める取り巻きで居続けるのもまた良くないと思い
現場を歩くことにしました。

事故現場でしばらく黙祷をした後、
現場付近の町並みを眺めました。
金属部品の加工を行っている工場が多く見られました。
3階建てから5階建てぐらいの建物と、
川のそばにある大きなマンションが特徴的でした。

現場から尼崎へと向かう下り電車の線路に沿って
尼崎駅まで歩いてみました。
下り電車はなぜスピードを出したのか
気になったからです。

電車には「遅れを取り戻せる」区間が存在し、
制限速度の範囲内で速度を調整することで
ダイヤを守ろうと努力しています。
ちなみに「失敗に学ぶものづくり」の1章によると、
鉄道ダイヤの正確さは世界一で、他国の追随を許さないのだそうです。

現場付近でまず気がついたことは、
事故が起こったカーブの手前に車道の陸橋があったことです。
陸橋はカーブの存在を少し見えなくしてしまいます。

次に尼崎駅へと歩き始めて気がついたことは、
事故が起こったカーブの先には線路が高架へと続く
上り坂になっていたことです。
上り坂では電車は急加速できないので、
手前で十分加速して登らないと時間のロスになってしまいます。

その後の道筋は、
曲がった鉄橋、下り坂と続いて
尼崎駅に到着します。

尼崎が終点だったら、
あの距離で1分半の遅れを取り戻すのは無理で、
10秒ぐらい縮められるのがせいぜいかと思いました。

現場周辺を歩きながら、
報道各社の中継車、インタビューをする記者、
おそらく事故とは直接関係のない、献花をもった心ある人、
マンションの横にある工業用地にひしめきあう
映像撮影用に近くで調達されたレンタルクレーン車の群れ、
今年初の真夏日の中で交通整理をするおまわりさん、
無邪気な少年野球チームの自転車の列、
写メールに現場のマンションと自分を撮影して
親戚へ送るのだというおじさん、
ジュラルミンのカメラバッグを背負う
深く濃く日焼けした報道カメラマン、
冷たいジュースの列が売切れてしまっている自動販売機、
古くからやっている和菓子屋さん、といったものを眺めながら、
誰かの何かの印象として自分がその場所で見届けられることを
強く意識していました。

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