金曜日, 6月 24, 2005

本能に「従う」

かなり夜型の生活になっているようで、
夜中と明け方に起きています。
その代わり夕方6時ぐらいに一度眠ります。

時々本能というものについて考えます。
特に気になっているのは、
欲の中に本能は含まれるが、
本能の中に欲は含まれないだろう、という考え方です。

本能の説明で出会うのは、
例えば道徳や生物学、心理学などで、
人間には生まれながらにして持つ本能的な欲求がある、
例えば食べることとか眠ること、性に興味を持つことというくだりで、
この付近だけを読んでいると
本能=欲求のような気がしてきます。

しかしいろいろ調べていくと、
生き物は「その種が生き続けること」に忠実であることが
本能の意味であると思い至るようになって来ました。

たとえば、
食欲は欲求であるけれども、
野生の生き物は食べ過ぎたりしないのは
行動力がなくなれば生き残れないからだという認識であって、
食べ物が少ないから、という理由ではないと思うのです。

たとえば、
社会性や知性というのは高次の理性だと思われていますが、
社会性は種が生き残るための手段であって、
発明のようなものとは異なります。

種が生き残るための条件として、
種が進化して強くなるか、
環境を変化させて生き残りやすくするかを
選択している、と考えると、
恐竜は前者で人間は後者です。
少なくとも人間の体は特別な進化をしていません。
そして環境を変化させる能力を得ることこそが
進化の過程で選ばれた一形態なのかも知れず、
理性とはやはり本能の一部だと思っています。

欲とは人間が生きるために必要でないことさえも
目的化してしまった事まで含みうるので、
欲に従うことと、本能に従うことは
本質的に異なるように思います。

生きるために一生懸命考える、
これは本能に忠実に従っていることであると思っています。
そして難しい時代と言われている中で、
欲ではなく本能に従う必要が増えてくれば、
もっと人は自由な気分になれるかもしれません。

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