火曜日, 8月 15, 2006

ほとんどの場合、逆演算してはいけない

停電の影響はもうありませんが、
お盆で人が少ないせいか電車が空いていて
慌しさを少し忘れます。

人はいろんなことを知るほど
「未来予測」をしようと試みます。
鉄が1500℃位で解けるのは何度も実験された結果で、
知っていく知識は「普遍的に使えるもの」が多いものです。

未来予測とは逆運動力学の逆演算と同じです。
あるべき将来の姿を定め、
それに必要な手順を割り出すものです。
手順には複数の方法があります。
「将来」の予想は10分先のものもあれば
2年後とか3年後とかいうものもあります。
そして逆運動力学というのは
答えを出すのに非常に長い時間がかかり、
場合によっては解けないことさえあります。

「どのくらい普遍的か」ということには
相当に程度の差があります。
りんごを手から離せばすぐ落ちるのは
地球の上ならどこでも100%に近い確率ですが、
電車が今日も順調に乗り継ぎできる、ということは
りんごの確かさとは程遠いものです。

分からないことに対して
「どうしたらいいのだろう」という問いがあります。
未来に関して言えば、実は打つ手がないことが多いものです。
このとき、「どうしたらいいのだろう」は逆演算で、
逆演算する限り不安定な気持ちはなくなりません。

逆演算が安定に行える、推奨される条件は二つあり、
一つは目標である「何をすべきか」が明確であって、
もう一つはその途中を埋めるプロセスに無理がないときです。

1年はあっという間、という表現が苦手です。
去年と今年はあまりに違いすぎるからであり、
去年思っていた1年先が今年その通りだったことがないからです。

順運動学の演算というのもあります。
現在のプロセスを見て、一つ思考し一つ試み、
一つ振り返ることです。
この方法の利点は、
逆運動学に比べて非常に解が簡単なことです。

世の中にあふれたHow-to本は
「何をすべきか」が分かっているときに役に立ちますが、
分からないときには役に立ちません。
そこで分からないときに
何かしなければと焦ったり不安になったりしますが、
「何をすべきか」分かっていないのでは
何をしても何を思考しても=いくら逆演算で解こうとしても
答えには行き当たらないのです。

人が生きる中で、逆演算が必要な瞬間と、
逆演算をしてはいけない瞬間があることが分かります。

未来予測に逆演算は通用しないとすれば
何をすればいいのか、と考えると、
そんなときこそ順演算をすればいいのです。
遠い未来を見て現在のベクトルを考えるのではなく、
過去と現在を見て近い未来を観察する作業に当たります。

未来が不安なときに現在へ視点を移せ、というのは
非常に難しいことだと思います。
確かに過去起こったからといって
もう一度それが起こる保証はないのですが、
その中でも比較的「普遍的」と思っていることは
もう一度起こる可能性は高いものです。

未来が不安になったら、「どうすればいい?」という
逆演算を強制的に止めることが必要です。
未来について考えることはやめ、
過去と現在から「ヒントを得ようとする」のではなく、
どんなことがあるかだけを観察してみましょう。

「どうなるかわからない」という時は
大抵不安なときの台詞ですが、
もしかしたら
想像以上に良いことが起こるのかもしれないのです。
逆演算の欠点は、
「欲しい目標」への達成度が100点満点になってしまうことで、
ミスすれば原点しかないような気分になることです。
順演算はもともと目標がないために、
良いことがあれば、少し行動できればプラスだと思えます。

過去と未来の大きな質的差は
「逆演算が求められる量」の増加に由来すると思っています。
リクエストに答えることは逆演算が必要で、
もしかしたら逆演算をする脳の機能は
ひどく疲れてしまうと動かなくなるのではないかとも思っています。

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