月曜日, 4月 04, 2005

毎晩ラーメンを食べていたら、飽きるのは自然なことなのに

ガレ展を見に江戸東京博物館に行ってきました。
自分とガラスは相性がよさそうだと思っています。
透明で冷たく、滑らかなところが好きなのだと思います。

飽きること、という言葉は
あまりよい意味で用いられることがありません。
好きの力を大事にしなさい、というのも
結局は飽きずにやれ、ということの
活用形である気がするからです。

しかし飽きない、ということは
何かの入力に対して必ず結果が出るまで応答しなければ
ならない、ということであり、
そこには「やめる」ための手続きが示されていません。

例えば、根を詰めすぎて苦しくなったら
飽きてしまえればまた正常に復帰できるのですが、
飽きることが許されない場合、その結果は
成功か失敗という色に染められてしまいがちになります。

とかく「飽きる」ことがいけないことのように言われるのは、
現代に限った話なのか気になります。

成功でも失敗でもなく、
もし少しの時間でも「飽きる」ことが許されたなら、
気を病む人はもっと少なくなるんじゃないか、と
このごろ思いました。

人間にはいくら酸素が必要だとは言っても、
息を吸ってばかりでは苦しいのです。

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