月曜日, 4月 25, 2005

夢の見方

日曜日は横浜まで足を伸ばしました。

天気が良く日焼け気味です。

大人がちゃんと夢を見るのはなかなか難しい話だと
時々思います。

アニメを気楽に見られるのは、それがどんなに込み入った話でも
「現実とは関係ない」ということで済ませられるからです。
現実との接点がない夢は、空回りしているエンジンと同じで、
いくら回転数が上がっていても車が前へ進みません。

大人の夢と子供の夢が異なるように感じられるのは、
大人の夢はどこかに「叶える」ことを前提にし、
「時間の制約」を設けるからだろうと
思っています。
叶わない夢では世の中の実質的な役に立たないし、
実現に200年かかる夢は一人では見られないからです。

大人が正しく夢を見ようと思う場合、
夢に至る経路を選ぶ必要があると思っています。
道端に花が咲くなだらかな丘ばかりの道はないかもしれませんが、
無理して急な崖ばかり選んでいては登れません。

夢に至る経路の途中に存在するものも重要です。
夢という結果に至るまでには、
一休みする木陰も必要だし、
喉の渇きを癒す水も必要です。

夢が遠ければ遠いほど、
過程を楽しむことが必要になってきます。
夢が叶うことだけが楽しみであれば、
過程の途中でやめたくなったときに
耐えられないと思うからです。

夢への距離が遠くなっているな、と
最近思うことがあります。
世界地図がなかった頃には、誰もが海の向こうを眺めるだけで
未知の世界を簡単に、見えるものとして想像できたのです。
未知の世界は科学が明らかにしてしまったと
「言われている」ことが多過ぎて
何が未知なのかさえ分からなくなっています。

どんなことを想像しても、もう既にありそうな気がする、
しかし突拍子もないことをちらりと想像してみると
そんなことはまったく実現不可能な気がする、という
両極端な世界の真ん中にいるような気がします。

それでも、夢を見続けることは良いことだと思います。
こどもが見る夢は大抵子供の頃だけでは叶いませんが、
大人が見た夢には叶うかもしれないという期待があるのです。

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